photo

diary

 

contact

2019/10/12

台風がきた、ついそこまできている。本格的になるのはこれからだ。部屋にいるしかないので、その状況を楽しんで、日記でも書こう。昨日は大きい鍋にカレーをつくってひとまずこれだけ食べていれば大丈夫なように備えた。せっかく台風がきているので、この時間をたまった仕事のデータの整理に使うとか、そういうことはしない。ベケットの「マウロン死す」。狭い部屋に閉じ込められた老人の独我論的つぶやきを、台風の中で読む。カレーをあたためて鍋がくつくつ震えてくる、その音をきく。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/25

仕事で大阪、京橋、去年もきた同じホテル。いちねんにいちどくるところ。歩くとすこしずつ思い出す。記憶が空間をうめていく。川の位置、窓からの景色。コンビニに抜ける通路。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/23

彼岸の朝、ドトールで文章書き。台風の風強い、雲が速い。写真を撮りながら、新宿でのりかえて東伏見へ。電車の中で荒川洋治の詩にでてくる、ロシアの作家、イリフとペトロフのことが浮かんだ。ふたりはふたりで書いた。年は6歳違うが、川を歩調をそろえて歩いた。ふたりはどちらがどちらでもない、。西村カメラにフィルムをだして帰る。Filmlabでいくつかスキャンしてインスタにアップ。


久しぶりにTrailsの連載書きました。内容はあいかわらず。書いてる途中で、池内紀さんの訃報を知ってとても驚いた。歩くことと文学の貴重な接点だった人。
https://thetrailsmag.com/archives/26549


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/20

みんなで車に乗って中央道走る。学生の頃みたいで照れる。みな写真をやってる人ばかりで山本くんは写真の評論をするから、大辻とかコンポラとか久しぶりに聞く単語の音が助手席にきこえてきてなつかしい。清里のロバートフランクの展示をみた。暗い人と、暗い出来事、穏やかな人と、静かな風景。それから近くのギャラリートラックスへ。若木さんの展示、どこかなげやりな感じを受けなくもない。トラックスの昼食おいしい。帰って夜は山本くんと二人でお酒飲んで写真の話。久しぶりにナルシスに顔を出した。いつもの奥の席に座る。そのうち客はぼくらだけになる。母のことを報告。ローランド・カークのライブきく。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/18

東北四日間の撮影。移動しながらよく写真の話をした。ヴェルナーさんはロバート・フランクが夢にでてきていっしょに食事をした。最終日は天気が曇りで洋野町の海岸線の景色は乾いていて、乾いた草、乾いた花、そこを電車が通る写真を撮った。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/14

いつものグリーンビルのスタバ、音楽がかかっていない無音だった。でも誰も普通だった。なぜ今日だけ無音なのか、きこうと思って忘れた。古井由吉文章すごい。明日から東北5日間。

やっとinstagramはじめました。写真作品を無計画にアップしていきます。
フォローお願いします。
https://www.instagram.com/yujinakajima_photo/?hl=ja


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/13

恭司さんとせいじと池袋で落ち合ってアガイ商事へ。3人で応接室でテーブルに並んで変な感じ。スキャナーの金額やメンテなど確認。これまでにない高い買い物なのが、大きな考えはなにもない。遊びのような感じ。遊びのように生きるのは簡単じゃないが、楽しそうにしたい。それから吉祥寺でみんなで移動、「amala」というギャラリーでみんなで恭司さんの展示、設営作業。とてもいい展示になった。多くの人にみてもらいたい。姿勢が良すぎてなにかへんなおじさんが通る。ペットボトルを捨てる。バサラブックスで古井由吉「山に行く心」買う。夜、吉祥寺で歩いたが入りたい店がどこにもなくて電車に乗った。新宿でおりると恭司さんが、吉祥寺みたいなきれいなところからこんなゴミみたいなところに来ると落ち着くと言って、それは自分も同じだ。

吉祥寺 amala gallary
高橋恭司「LOST 遺失」9/14~
https://www.amalaworld.com/

平日は不定休だそうなのでお気をつけて


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/12

グリーンビルのスタバ、文章書き、最後の修正、送信。山珍居で汁ビーフン。となりの席の人はシューマイ定食を頼んだところ、エビのシューマイしか店には残っていない、それでもいいかときかれたが、その人はエビが食べられない。店員さんと金爪石の話する。新宿で写真ぷらぷらしてから武蔵野館でジャ・ジャンクー「帰れない二人」みる。最初から集中していない、それどころではなかった。トイレでシャツが破れた。自転車はもう、夜は涼しい。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/11

また、山の撮影が中止になって暇になった。本屋で芥川の「西方の人」買う。小銭がギリギリ足りた。アガイ商事から電話。高いスキャナの在庫が最後の一台だけ残っているとのこと。よかった、日本で最後の一台を買うことになるとは。銭湯で文章書き。相撲が終わる頃、激しい夕立。雨があがるのを待ってコンビニへ歩く。神田川からみる西新宿のビルの上の、夕立の過ぎた空の移ろい。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/10

泊ってた中林さんとデニーズでモーニング。中林さんを見送ってグリーンビルのスタバ。よく晴れて欅が影をつくってその中を人があるく。強すぎない風が小さい枝をゆらす。くるま、小さいトラック、日傘。山の中の欅ではなくて都会の中の欅でないとこの自然は感じられない。大きいガラス窓のこちらがわで、クーラーがきもちいい。

午後は恭司さんの展示準備手伝い。おしゃべりしながらのんびり作業。恭司さんの写真がすごい。アクリルとプリントと台紙を重ねてテープで四辺をとめていく。単純作業のリズムで手が自動化すると次第に話がどこまでも転がっていく。休憩、ブドウ食う。音楽がかわる。山本くんがきた。作業続く。日が暮れた、下北のカフェZINCに移動して食事。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/8

朝起きたら、アリは数匹動いている。そのなかでまだアリの死骸をはこんでいるアリがいる。木漏れ日が小屋の中に差し込む。父はすぐテレビをつける。言葉すくなく朝食をすませたら荷物をまとめて帰る。台風がくるというから混む前に早くする。帰りの新幹線に乗って文章書く。軽井沢にいると本も読めず、何も考えられなかった。帰ってビール買って大相撲初日をゆっくり観戦。熱戦多い。買っておいた短編小説読んでみたら面白くなかった。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/9/7

朝起きるとアリはだいぶ減った、でもまだ出てくる。たいてい弱っていて、息絶える。たまに元気なやつがいて動き回るがそのうち息絶える。父はみなでドライブしたがる。叔父も自分もそれほど外にはでたくないが、それでも一緒に出る。父はコスモス街道に行きたいという。コスモス街道にいった。車から浅間山がとてもよく見える。国道にそってコスモスが咲いている。五木ひろしの歌が大きな音で流れていて、コスモスが揺れる、その上に音が消える。去年母と食べた煮込みハンバーグがどうしてももう一度食べたくて3人で食べる。やはりおいしかった。ここからも浅間山がよくみえる。叔父は先に帰ったので夜は父とふたりでしゃべった。その下で、アリがアリの死骸を運んでいる。


- - - - - - - - - - - - - - -

 

2019/9/6

父と叔父と、短い軽井沢の滞在。小屋には小さなネズミがいて、あまり顔はださないが、たまに端のほうにでてくる。あと天井裏にアリが巣をつくっているのか隙間からアリがたくさんでてくる。叔父がスリッパでたたくと自分が掃除機でそれを吸う。アリの巣コロリを買ってきて置くと巣から弱ったアリがたくさんでてきて死ぬ。夜は鉄板で野菜を焼いて食べた。用意しておいた「ヤンヤン 夏の思い出」をみんなで観る。アリが何匹も床を動いていて息絶える。映画の終盤、いいところでネズミが段ボールの脇からかわいい顔を出していた。父と叔父は映画にとても満足したようで寝た。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/29

予定していた山の撮影二日間が悪天で延期になった。せっかくなのでその時間を利用して加藤典洋「敗戦後論」読む。ページをたくさん折って線をひきまくる。こういう時間はひさしぶりで、部屋がしっとりと沈静化する空気を感じる。自分みたいなものを知らない人間はこれを読んだら見える風景がかわってもう前の世界ではなくなる。二日間誰にも会わずに読んでいると、自分だけがものごとのからくりを理解したかのように思い込んだ。離れた位置から社会を遠くながめて悦に入るようなナルシシズムに浸っている。いまはスタバで、そういう遠い目で新宿グリーンビルの前を傘をさして歩くサラリーマンの背中を眺めている。

「敗戦後論」を読み終わって家に確かアーレントの入門書があったと思い出して本棚をあさったらみつけがたが、読み始めたらすぐにやめてしまった。amazonからベケットの「マウロン死す」の新訳が届いた。高橋源一郎の加藤典洋への追悼文をもう一度読み直そうと群像9月号をめくっていたら保坂和志の連載があってつい読み始めた。もう暗くなった。明日は健康診断なので、今夜は食べ過ぎてはいけない。こうして仕事が延期になったおかげの空白の二日間を楽しんだ。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/27

朝起きてAmazonで8月限定配信中のヴェルナー・ヘルツォーク監督「グリズリーマン」みる。大変感動。やはりヘルツォークは心の師と再確認。孤独な普及活動を遂行せよ。それから予約していた病院へ、胃の内視鏡を生まれて初めて。血圧は100/50。麻酔をうたれたらすぐ朦朧として全然苦しくなかった。ピロリ菌はいないまま終わった、残念。自転車は乗るなと強くいわれたのでプラタナスの並木道を押して帰る。牛丼食う。ふらふらするので寝る。加藤典洋「敗戦後論」読み進め。これを読みながら恭司さんのことを考えている。倫理的であるとはどういうことか。夜は後藤君とせいじと月島で飲む。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/24

午前2時にせいじのシトロエンがきてひろってもらう。それから池袋で恭司さんとミカさんと合流。恭司さんの地元である益子へ、まだ暗闇の4号線を進む。車中で恭司さんが筒井康隆の講演録、ハイデガーの存在と時間に関するものを朗読してくれて、あーだこーだ考えながら楽しむ。朝方に益子焼の成井窯につく。自分が生きている生活圏とは真逆のような目の詰まった世界。雨が断続的にふるすごい湿気の中、恭司さんはパッパッパと絵をつけていく。恭司さんの新しい写真集をみせていただく。お昼まで作業を続けて、それから墓参り、ハンバーグを食べに行ったら偶然恭司さんのご両親がいらしてご挨拶。近くの日帰り湯、ロマン温泉。父と電話。車でみなでマーラー聴く。都内に帰ってきてデニーズでお茶したら、もう0時近く。長い一日だった。恭司さんの新しい写真集をみるといろんな思いが複合してやってきた。反射的な反応は言葉につまった。これから応答の日々がはじまる。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/22

朝起きてデニーズ。書き仕事。消化器内科で内視鏡の予約。区役所で健康診断の申し込み。ホームセンターで風防用のアルミを買って図書館。大滝詠一「Whiting&Talking」と鶴見俊輔「もうろくの春」をもって空いてる席に座る。「宇宙の底に/しずかにすわって/いると思う時がある」という詩の書き出しを読んで本を置く。図書館では大勢の人が座って声をださない。静かだけど誰もが机に向かっている。色んな音がする。ページを捲る音、椅子を引く音。ボールペンを置く音。それら小さな効果音が連続して、この沈黙をつくっている。大きな窓ガラスから蝉の声がもれてくる。高校の試験を思い出した。はじまると一斉に伏せていた問題文を裏返す。それから競い合うような鉛筆のこすれる音。自分もその音の一部だった時があった。早めに終わればチャイムが鳴るまですることがない。束の間、宇宙の底に座っていたろうか。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/19

朝起きて東北の荷物を整理片付け、掃除。その後父と長い電話。まったくどうしようもない。子供のようにわがままなのに、それが自分は理性的に振る舞う大人だと思い込んでいるだけに子供より数段タチが悪い。頭がかき乱されて他のことが手につかないのでしょうがなく髪を切りに行く。そのまま図書館寄って立ち読み、群像7月号、蓮實重彦のエッセイ最高、加藤典洋の本借りて帰る。銭湯いったらタオルなくなった。テレビはあおり運転のニュースばかり。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/18

五日間撮影で東北へ。皆で移動しながらの撮影は楽しいが、疲れ切ってしまった。帰ってくると自分が別の人間になってしまった感じがする。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/11

沖縄のマンゴーもらったので食う。データ編集送信。DVD返しにいったら強いにわか雨。信号を渡って中華屋に逃げ込む。また東北いくこともあって安東量子「海を撃つ」読む。福島で放射線量の測定を続ける女性の「事故後7年半の福島に走る亀裂と断層の記録である」とある。内容が内容だから当たり前とはいえこの著者の文章のせいだと思うが、とにかく重い。空気をかえたくてDVDでシャブロル「いとこ同士」みる。アリジゴクに蟻を入れてどうなるかをじっと観察している感じの居心地の悪さ、といえば「わらの犬」思い出す。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/10

今日はどうやら体調いい。関取の遠藤は膝の靱帯を損傷してからというもの毎朝起きてみて膝の調子が違うので、その日によって取り組みが変わるのだという。夕方からせいじ、恭司さん、ミカさんと池袋のタカセで会議。その後みなでユニオン行ってストラヴィンスキーやテュードアのCD買って帰る。自分は自分を沖に向かって投げ出したい。この年になったし、もう人生の第一ステージは終わったと考えれば、あとは余りみたいなものだし、そう思えば誰かのために生きれるようなきがする。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/9

体調あまりよくない。また液キャベ飲む。午後、日本橋のトレイルズへ。竜太君と連載の再開について打ち合わせ。といっても近況の報告に終始。近況の報告といってもいろいろあって、自分はここ最近考え方が大きく旋回して向きが変わってきたと思うくらいで、変わってると思い込んでるだけかもしれないが、そんなことを竜太くんと話した。おおまかにいえばこれまで長いこと、というか学生の頃からずっと続いてきた「やりたいことはないけど、やりたくないことだけはいくらでもある」という消去法的な感覚、そのやりたいことを明確にしないことがむしろ誠実でかつ純粋な表現につながるという考え、東浩紀が指摘する否定神学的な考えのクセ、「未決定であること」の良さをあまりにも信仰し続けてきたこと。それらが総合して今自分の目の前に迫ってきているように思う、などなどそんなこと。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/7

夜、西さんと飲んだ。西さんはカメラマンの仲間でいうとめずらしく右寄りのひとで、愛トレが話題なのでそんな話をしてみれば…思ったよりは話ができた…戦争の歴史認識はかなりやばいと思ったけど。
最近感じる分岐点、
「ものごとは最終的に結論付けることができない」ということを前提として、どうせわからないんだったら考えても無駄、と思うのか、どうせわからないからこそ我慢強く考え続けなければいけない、と思うのか。前者は一見知的でクールなふりをするからやっかいな反知性主義。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/6

朝、せいじの車で大学の先輩の本城くんのところまでハッセルのスキャナー見学。我孫子のどんなところに住んでるのかと思っていったら大変なお屋敷だった。門を開けてすこし歩いたら扉の向こうから本城くんが顔を出した。本城くんはスキャナーの説明をしながら健康グッズについてもいろいろ教えてくれた。もともと身体が固く、どれくらい固いかというと階段でつんのめるくらい固いそうで、その身体をほぐすのが日課なのだという。自分の足はどうかと本城くんに触ってもらったら柔らかいといわれた。スキャナーの解説にもとても満足して、せいじは次の仕事があるので失礼した。せいじに車で送ってもらって新宿で現代詩手帖買って帰って昼寝、起きたら3時間。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/8/5

前日はマッコリ飲んでいてたばこを吸ったらいっきに気分が悪くなってタクシーでなんとか帰ってすぐに吐いて寝たその翌朝4時に起きて準備してやまちゃんと西さんと車で山に向かう。山が近づくと風が涼しくなって窓をあけたら気持ちが良かった。富士見平小屋でテントをはると大気は不安定ですぐに強い雨がふってきた。それから瑞牆山を目指して歩き始めるとまた強い雨がふってきた。久しぶりに雨の感触を全身にあびた。ようやくそのころを迎えて二日酔いが解消されたように思う。下りきってからビールとワインで気持ちよく寝た。翌朝は3時半に起きて金峰山を目指す。森林限界を越えた稜線でドローンが飛んでいるのに気づきその音が断続的に近づくのに腹が立った。山頂で飛ばしているやつをみつけてうるさいといったらごめんさないと言われた。金峯山頂の五丈岩はでかい岩でそれを登るのはとても怖いが経験者のおじさんがいたのでなんとか補助してもらいながら上まで登った。やまちゃんとふたり、登り切ったときは達成感は一切なくこれからこの岩を下りなきゃいけない恐怖感でいっぱいになった。なんとか無事におりて下で登らずにひとりで待っていた西さんのところに行ったら案の定寂しそうだった。帰りの車はすごい渋滞で後部座席に座って長い時間しゃべることはもうほとんど残ってなかった。家に帰ると愛知トリエンナーレのことでSNSが大変なことになっている。SNSは世の中にバカが大勢いることを可視化したといわれる。SNSのバカは身体をもたないのでそのバカさは加減をしらない。声ばかり大きいだけのバカが肥大してネット空間がいっぱいになった。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/30

父の最後の設計、竣工したので撮りに行く。まだ居室にクーラーがついておらず信じられない暑さ、地獄のような状況で撮影を続ける。もう80手前の父だがこの暑さの中でぴょんぴょんしていて元気なのがすごい。夕方になんとか撮影終えて東京に戻る。レンズ返却、銭湯、データ編集。父は人生で最後の設計という覚悟をもって、撮影にも気合いを入れて臨んでいたように思う、その気持ちに自分は応えられたかというと、どうだろう、そうは思えない。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/29

朝、日本橋で今半の取材。すき焼きいただく。さすがにうまい。肉はすごい霜降りで口の中ですぐ溶けるようになくなってしまう。「この一瞬、この一瞬」といくら心にいいきかせてみたところで、口に入れればあっという間に消えてなくなってしまう。
一度家にもどってからまた外へ。ハッセルの高いスキャナー買う計画、置き場所の検討で麻布の相澤さんにお願いしにいったら喜んでくれた。たくさん人が行き交うところにスキャナーをおいて、あとは放っておけばいろんなことが勝手に起こる目論見。いよいよ現実味がでてきた。自分の人生、少しくらいめちゃくちゃになってくれ。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/28

恭司さんの展示をみに、せいじの車で山梨のギャラリートラックスへ。青い空、中央道夏の景色。車の中でせいじと高いスキャナーの打ち合わせ。着くとギャラリーでミカさんが座っていて、さっき神社で転んで手をついたときに手首が折れたかもしれない「めっちゃいたい!めっちゃいたい!」と大きな声をだした。せいじが割り箸とタオルでなんとか手首を固定したら痛みが少し落ち着いたようだ。恭司さんが骨折に効く音楽はどれだろう、といいながら音楽を選んだ。以前ここに来たときは焚き火をしていたスタッフのしおりちゃんが携帯を焚き火で燃やしてしまった。久しぶりに会った稲城くんは体調が悪そうだった。せいじは花瓶の水をこぼした。田んぼの稲は青々としている。甲斐駒の頭は雲に隠れている。散歩をしながら不倫の話きいた。

- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/27

建築家、大塚さんのリフォーム物件撮影。評論家の平井玄さんのお宅。事前に「愛と憎しみの新宿」を読んでいたので感想をお伝えしたら、いろいろ話してくださる。もっともっといくらでもききたいことがあったが時間切れで中野に移動。もう一件撮影、コーヒーとおいしいケーキいただく。そのまま阿佐ヶ谷の朝鮮学校のお祭りへ。大量の七輪が用意されていて、校庭一面に並んだテーブルで各自肉を焼いて食うというシステム。サランヘヨと書かれたステージでは初等科の学生が歌い、踊る。マッコリを飲んで酔いすぎて校舎に入ったら、下駄箱にたくさんの脱ぎ捨てられた靴。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/23

家族の問題で二日間、仲裁に走る。父と兄、双方から話をきいて、オーナーさんまで巻き込んで話をして、なんとか落ち着いたのでほっとした。家族の問題とはいえ、どこか他人事のようで、家族とはいえ自分は当事者ではないので人のことなのでペラペラとえらそうなことが喋れるが、やはり重たいものが残る。その後カメラマン仲間で飲み会、どんどん人が増えてきて賑やか。重い空気をはねのけるように飲む。翌日は二日酔い。水を飲んで、布団で横になってテレビつける。いくらでも寝て、起きたら16時。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/22

叔父の住む石岡へ久しぶりに向かう。東京駅でパッタイとシンハービールを飲んだら特急券をホームで買う。石岡に着いてしばらく散歩しながら写真を撮った。いつもより縦位置を意識したけどうまくいかなかった。汗をかいた、古いホテルの喫茶店でジンジャーエールを飲んだ。叔父の家の近所にはハイカーの舟田くん家族が住んでいて、近所の人も集まって宴会した。広い和室に料理を並べると気持ちのいい風が通った。雷が光って音も響いた。翌日は叔父とゆっくり過ごした。成瀬巳喜男の話などした。叔父と別れると父親からとんでもない爆弾メールが届いた。想定はしていたが、とうとう一線を越えた。帰って大相撲千秋楽~投票。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/17

またエドワード・ヤンの映画をまとめて観る、「エドワード・ヤンの恋愛時代」→「カップルズ」→「ヤンヤン夏の思い出」の順。やはりヤンヤンだな。原題は「a one & a two」。これまでにない画面の明るさ。色温度の素直さ。被写体との距離、あまり動かず、被写体に無関心を装うような距離、その微妙な引き方によってまわりの空間、建築、台北という都市が心地よく際立ってくる、そこに差し込む柔らかい光。いまでてる「BRUTUS」の写真特集「決闘写真論」の巻頭はスティーブン・ショア。修練すれば無作為な写真を「作為的」に生み出せるようになると語っている。世界の側を際立たせる距離を計る、それは技術なのだ。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/14

暗室作業。六つ切りで50枚くらいにはなった。これらの写真は去年の台湾にいった旅の写真が中心になってはじまった。考えていたことは「凡庸さ」だった。街を歩いて、被写体と適度な距離でシンプルにスナップすること。何が写っているかわからない写真はなく、ピントも合っていて、構図は安定している。プリントサイズは全て同じ、ブックにはせず、順序のないプリントをそのまま箱につめる。記号化や被分析性から逃げようとして身体をむりによじったりしないこと。まずはスナップを歓ぶこと、偶然の出会いに身をゆだねること。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/9

スナップ写真家にみられるコンセプト忌避、言語化の忌避、の傾向について言及したとあるツイートをみた。それなりに批判があるみたいで、批判というかおそらくそれは建設的な批判ではなくて反射的な嫌悪だと思うのだけど、とにかくこれまで知っている写真の世界はとっくにだいぶ変わってきた。そうしてそれは写真に限ったことではなくその他平行して進行するいろんな現象とかなり結びついていることが感じられる。そして正直、自分の考えもだいぶ揺さぶられている。嘆いていてもしょうがない。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/7/5

信越トレイルのトレイル開き前夜祭に参加。トークとみちのく潮風トレイルの写真をスライドで流す。アウェイの空気を敏感に感じてしまい、緊張をほぐすためにビールを飲み、終わった後も緊張から解き放たれたせいでまた飲みすぎた。そのせいで翌朝、肝心のトレイル開きの神事の最中、お神酒が配られてそれを受け取ると全身の震えが止まらなくなり、窓枠に腰を掛けてなんとか倒れないように体を支えていたら、血の気がどんどん引いてくのがわかり、汗が止まらなくなった。ゲロとゲリ便が上下から同時に噴き出して大騒ぎになるのではないかと恐れていたのがなんとかこらえたまま、神事が終わると異変に気付いた方々に支えられて、なんとか椅子に座ることができた。信越トレイルを歩く予定にしていたのが、それどころではなくなって、よしのさんの車に乗せてもらって猫のはなちゃんといっしょに一日中寝ていた。途中散歩にでて、近くの大きな欅の下でぼーっとしていたら怪しまれた。
情けない気持ちにすっかり包まれながらも、鈴木家には数日のんびりさせてもらって体力も回復。みなさまに大変お世話になりました。誰も読まないのかもしれないこの場ですが、お礼とお詫び申し上げます。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/6/17

早起きして山に向かった。虫の声はブナ林で大きいのではないかとよそうして見込んで三頭山を選んだ。電車の乗り換えを間違えてバスに間に合わなかった。次のバスまで一時間以上もあるので、川のほうまで散歩した。釣りをしているおじさんがいてしばらく眺めた。川の水は透明だ。魚は釣りあげられ、空中で体をピチャピチャ揺らしながら日の光を反射させる光景、バスがくるまでに見ることはできるだろうか。しかしずっと見ているのも、釣りをしている人に悪かろうと気づいて、また駅に引き返した。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/6/16

今日は晴れ。サツキがまだピンク色を残したままほとんど枯れて、揚げすぎた唐揚げみたいに縮こまって、でも落ちないでまだ残っている。モスバーガーで山本芳久「トマス・アクィナス 理性と神秘」読む。ホン・サンス「それから」でキム・ミニ演じる主人公が喋る、“信じること”についての台詞がずっと残響している。夜、チャリで山の地図買いに行く。半袖の腕に風が涼しい。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/6/15

雨の日なので外に出てみようと思った。国立新美術館にてボルタンスキーの展示。赤と青の電球で大きく表示された「来世」という文字の前で、頭の中に井上陽水の「リバーサイドホテル」を流して、合うなあと思った。そのうち「来世」は「令和」にかわった。川沿いの「令和」と書かれたラブホテルのネオンが、もはや廃墟同然に消えかけている、。幸楽苑でラーメン。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/6/14

やっと日常。日常の帰る場所はグリーンビルのスタバ。ここから西新宿のケヤキを眺める。もうすっかり葉が黒々してしまった。月末の信越トレイルのトーク内容まとめる。ほぼできた。タイトルは「Enjoy Boredom」。芭蕉の句を楽譜とみたてて音楽を聴く会にしてみよう。天気は日曜日から梅雨とは思えない予報なので日帰りで山の音を録音しにいくことにする。iphone用のいいマイクを注文。それからベルクでビール。数人にめずらしく誘いのメールを送る。全部断られた。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/6/3

新潟と長野の県境、関田山脈を歩く信越トレイルが、苗場山まで距離を延ばす延伸を計画している。そのルートを決めるにあたってのテスト歩行に参加してきた。参加者たちはみなしっかり考えて意見をのべる一方、自分はまごまごしていてはっきりしない。六月末に信越トレイルはトレイル開きのイベントがあってそこで自分はゲストトークとして話をすることになっている。信越トレイルスタッフの栄治さんと歩きながら話した、そこはブナ林の樹林帯で5月だから虫や鳥の声が幾重にも重なってにぎやかだった、この5月の山の音を浴びているとそのたびにルーリードの「Metal Machine Music」を思い出すと話したら、栄治さんが是非その話をしてくれというので「Metal Machine Music」を流すことになると思う。帰宅して改めてきいてみると音そのものが鳥や虫の響きに似ているというのもあるけど、音全体に包囲されてるような感覚が、余計にそうさせるのだろうか。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/27

仕事で大久保にチャリで走ると夏みたいだった。建物の日陰側を選んで走る。でもまだ紫陽花も咲いていないしサツキが残っていて写真の背景にはまだ五月のピンク色が写った。それから新宿の駐輪場にチャリを停めて吉祥寺に移動。住宅街の小さな幼稚園の入り口には内水をしているおじさんがいて、もう人生ではだいたいやることは終わったといったかんじの諦念が、この暑さのせいで余計に表情ににじみ出ていていい顔だった。暑いのは参るけど酒はうまい。吉祥寺は知り合いばかりでそそうができないから西荻まで足をのばして飲む。大きいサイズのハイボールが190円で飲める。ウィスキーでは白州が一番うまいと思うが、ハイボールにするなら安いやつでなんでもいいというような話をきいているところで担当者がきた。静かな住宅街にある小さな敷地に70年も続く幼稚園、その広場に植えられた樹木を撮影するという仕事。藤の花は終わり、ちょうどイチジクの赤い花が咲いている。マテバシイ、イチョウ、ケヤキ、ユリノキなど、強い日差しを葉にすかして撮った。イチョウは秋に紅葉したとき、クロガネモチは赤い実が、ゆずは冬に実がなったとき、あらためて撮ることになった。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/24

5時起き、暗室。こないだ歩いてきた、みちのく潮風トレイルのプリント、うまくのらずに昼にはやめる。井上陽水のライブをyoutubeでずっと流した、1990年、スパークリングブルーツアー。アンコールは三曲やった、最後は新しいラプソディー。夕方、国際フォーラムへ、ホールA。井上陽水のコンサート。おさむくん家族と待ち合わせて入った。大好きな曲が目の前で演奏されている。でもいつも自分はこの目の前の演奏を十全に聞けていないという不安がある。いくら目をこらしても遠のいていくばかり、そうして次から次へと曲が終わっていく。アンコールは3曲やった。最後は傘がない。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/23

7時起き、またリズムが狂ってきた。チャリで図書館へ。最近亡くなった加藤典洋は、最近まで現代詩手帖に詩を短期連載していて、それを愛読していた。またこの図書館で2月号を手にとって読む。詩人ではない人が詩を書く、力の抜け方というものがあるだろう。同じように写真家ではない人の写真の素直さに憧れている。僕はたまたま写真をやっているだけ。いまでも自分が写真をしている人らしい、という違和感があって、その感覚を手放したくない。

トップとphotoの写真を模様替えしました。さわやかな色の写真。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/20

5時起き。すこし二日酔い気味で外へ。梁川のキャンプ場でハンモックのイベントの撮影仕事二日間。スタッフはみな知っている人なので楽しかった。参加者はハンモックのギアに夢中で、子供みたいだった。この年になってわかってきたことは、たいがいの大人は年はとっても大人の皮をかぶった子供みたいなものだということ。アウトドアは子供に帰る場所ともいえるから、開放されるのはいいことだと思う反面、開き直ったようにおおはしゃぎする大人をみるのは怖いものでもある。
はじめてハンモックで泊まった。ストレスなく気持ちよく眠れた。少し冷えたけど、朝日がきれいだった。鳥がたくさん鳴いた。その中で竜太くんと朝ご飯を食べた。すると佐井さんがきて喋った。次にサゲハシさんがきて喋った。ごはんをこそぎ取る、コッヘルにスプーンがあたる音。竜太くんはコーヒーもいれてくれた。なんて気持ちのいい朝。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/17

5時起き。5時起き生活は昼間に眠くなる。昼寝する。夜、写真をセレクトして恭司さんのワークショップへ。出し惜しみしないように沢山もっていった。いくつかコメントはもらったのだが、感触はあいまいだった。なんだかよくわからないという困惑した空気が漂ったようだった。いくつか質問を受けてうまく答えられたかどうか、僕はしゃべり過ぎるかもしれない。でも気取ってしゃべらないとか照れて薄笑いでごまかすのもやめてしゃべりたいと思う。写真もそうで、だから沢山もっていった。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/14

7時起き。昨晩はコンビニで蒙古タンメン中本のやきそばを食べた。うまくなかった。それで胃を悪くしたか、寝坊した。東伏見の西村カメラまでフィルムピックアップ。新宿ヨドバシ、リンガーハットで皿うどんとハイボール。正宗白鳥の随筆読みすすめ。「私も講演をした」が面白い。講演なんてものはしないと決めていたのに帝大の学生からの依頼を受けたら断らない。教室がどこかわからなくて彷徨っているうちに帰ろうかと考えたが、ちゃんと人に訪ねて教室に向かう。言葉に詰まりながら喋っていると人がなぜ笑っているのかわからない。終わって学生と団らんするのも案外おもしろいものだ、そんな内容。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/13

5時起き。ひとりで車で出て小浅間山を上る。片道30分くらい。ここから浅間山が目の前に大きくみえる。縦に大きいのではなくて横に広く寝そべっている。生き物はなにもみえない。小浅間の頂上を示す標と自分だけが日を受けて影がのびている。浅間山の頂上に向かって続く道がみえるが、今は使われていない。
帰ると父と信之おじさんはいなくてどこか朝の散歩にでたようだった。テラスに出ようと窓に近づくと、あっ!となって自分の荷物の上に小鳥がうずくまっているので驚いた。どうやら足を怪我しているらしい。窓が閉まっているのにどこから入ってきたのか、触ろうとするとぎこちなく羽を動かして逃げようとする。窓を開けて外に誘導すると最後の力を振り絞るように低く飛んでいった。先は長くないだろう。そうして部屋にもどるとまたあっ!となって足元にもう一羽いる。こちらは死んでいるようだ。さっきと同じ鳥。つがいだろうか?手にのせるとまだ暖かさが残る。庭に穴をほってうめる。戻った父と叔父にその話をすると、気づかなかったというから、誰もいない短い時間にどこからか小鳥が2羽入ってきてこの部屋で一羽は死んだということか。全然わからない。不思議な気持ちにつつまれる。調べるとあの鳥はシジュウカラというらしい。
父と片付けして東京に戻る。父はサービスエリアで財布を落とした。30分ほどでどなたかが事務所に届けてくれたので無事受け取れた。自分はみなのおかげで生かされていると、大げさに世界に向かって感謝していた。 とにかく財布がみつかったおかげで、母の納骨は滞りなく終わったといっていい。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/12

5時起き。車でペンションの兄家族を迎えにいく。泉洞寺で納骨の式。天気がよく、気持ちがいい。太いおおきなケヤキ、オダマキの花。しだれ桜をバックに記念写真をパシャリ。納骨が済んでみなで別荘にひきあげる。姪とどんぐりで遊ぶ。父と庭木を選んでどこに植えるかの検討。兄家族を駅に送り、残った父と叔父と3人で宴会。納骨が済んで庭を眺め、みなすっきりした表情。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/11

5時起き。朝食、厚めのトースト。雲がぬけて日が差してくる。布団干す。昼前に信之おじさんが小屋に着く。庭の背の高い赤松の手前に穴をほって母の遺骨の一部を入れる。父は大きな石を動かす際、左手の指の筋肉をつって、しばらく動かせない。夕方、兄夫婦が着く。皆で食事。GWはどう過ごしたかとかそんな話。兄家族はペンションに泊まって、父とおじと3人で小屋に戻る。父は落合陽一を読んでいるという。近頃はひとりで、酒を飲めないなりに焼き鳥など買ってきて晩酌しながらわずかでも食事の時間を延ばしているらしい。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/10

5時起き。詩をノートに書く。詩を書く、といってもただ本から書き写しているだけ。詩は労働である、と最近読んだ。洗濯、コインランドリーは8時からでまだ開いていない。原宿でジム取材、ヨガ。ささっと終わって家で編集、送信。準備して、母の納骨のため父と車で軽井沢へ。浅間山にはまだ雪がみえる。父は小屋のカギを忘れてきた。管理の小川さんに連絡して開けてもらう。小川さんはのんびりしていて管理費の請求をいつまでもよこさない。3年前に立て替えて買ってくれた洗濯機の金額を伝票もなくしてもう忘れてしまったらしい。大窓のサッシの状態を確認、洗面の詰まりも伝える。掃除機かけて水拭き。去年の夏に忘れていったボールペンみつけた。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/9

6時に目が覚めた。こういうことは久しぶりだ。外にでて日差しをあびてみた。花粉もおさまってきたので窓を開け放った。昨日までの徒歩旅行の荷物をばらして片づけていく。テントを外に干す。最近よく中国茶をいれる。香りがよく、飲むと鼻の奥のほうまで風味が届く。
みちのくつながりで深沢七郎の「みちのくの人形たち」を本棚からとりだして読む。ニヒリズムはユーモアとあわさって花開く。楢山節考を激賞したという正宗白鳥という人も、とにかく何も信じない人だったようだ。生活というものがほとんどない人だったみたいだ。


- - - - - - - - - - - - - - -

2019/5/8

GWはでかけることにした。みちのく潮風トレイルを、久慈から宮古までの区間を7日間で歩く計画。久しぶりに長い時間をかけてテントしながらひとりで歩いた。天気いい。空に雲をみない日が三日も続いた。海の色が角度や時間でいろいろ変わった。海の青と新緑の緑とそこにつつじの赤が混じった。黄色いオオバキスミレが足元に目立った。人のいない海岸で座った。波の音が大きくて体が震えるくらいなのに同時に静かでもあった。ぼーっと眺めていると、連れていかれそうなくらい静かだった。今回はだいぶ背伸びしてエズラ・パウンドの詩集をもってきた。8日間少しずつ読み進めても、まったく飽きなかった。それでもまだ入り口にも立っていないと思わせる。細かいアップダウンを何度も繰り返すうちに膝を痛めてしまった。宮古まではいけず少し手前の田老であっさりと諦めて電車に乗って帰ってきた。それでも十分、毎日が幸せだった。


- - - - - - - - - - - - - - -